|

7 八丈島へ
1 旅を変えるために
2007年9月、私は4日間の休みを利用してどこへ行こうか考え込んでいた。地図を眺めてみるが、どの土地にも内的必然性を感じない。オートバイのある生活が始まってから5年、旅に出る時間を作っては日本中を一人忙しく走り、日本一周がほぼ完結した今、さしあたり行きたいところがなくなってしまったのである。
それに私は、自分の旅の形に正直疲れていた。オートバイでの一人旅を始めた頃は観光地にも足を運び、その土地ならではの食事を楽しみ、温泉につかってゆっくりすることもあった。けれど日本一周という目標に早く到達したくて、いつからか止まらない旅をするようになっていた。一般道を500キロ程度走り終えた後の疲労にやっと達成感を感じ、一日にどれだけたくさんの距離を走れたかということだけが関心事であった。そんな旅では少しの喜びや感動はあっても、すべてを通過点としかとらえられない虚しさを感じ続けることになる。それでも私は、ゆっくりと周りの景色を眺める方法を忘れてしまっていたのである。
私はほとんど休まずに走り続けるだけの旅をもう終わりにしたかった。そのために、旅を自分の望む形に変えられる場所を探していた。そんな折、ふと思いついたのである。
「そうだ、島に行ってしまえばいい。」
単純な発想だが、帰りのフェリーに乗るまで島から出られない状況なら、どの道そんなに遠くへは行けないと思った。陸路で行けない島ならどこでも良い。私はきっと立ち止まり、ゆっくりと周りの景色を眺めることができるだろう。
2 太平洋に浮かぶ孤島へ
9月25日明け方 私は狭い二段ベッドに横になり、船酔いに耐えていた。昨夜東京の竹芝桟橋から出港した東海汽船で、八丈島に向かっているのである。
八丈島は東京から287キロ離れた南の島で、羽田から飛行機で行けばわずか45分で到着する。しかし島を自車両で走りたいなら、この東海汽船にオートバイを積んで11時間の船旅を行くしかない。
私はフェリーには何度か乗ったことがあるから不安はない。それに乗船してすぐに眠ったから、体調も悪くないはずだった。でも横になったまま低い天井を見上げて旅を思っていると、すぐに気分が悪くなった。 八丈島と御蔵島の間には黒潮の本流があるため、船がかなり揺れたせいだろうか。それとも初めてオートバイで島に行くことに、緊張しているのか。嫌な汗がとまらなかった。
朝9時半、底土港に近づくと船酔いに耐えながらデッキに出る。空にはどんよりした暗い雲がたちこめ、前方には黒い岩の塊が見えてなんだか怖い。
「あれが八丈島か・・・」 気分が悪いうえに、南の楽園とはかけ離れた島の様相に心細くなる。
雨がしとしと降る底土港に降り立つと、沈み込んだ自分の気持ちを奮い立たせた。
「大丈夫、走っているうちに気分も良くなるだろう。」私はカッパを着てすぐに走り始めた。
八丈島は一周が59キロで西に八丈富士、東に三原山を仰ぐひょう たん型の島である。二時間もあれば一周出来てしまうこの島は、三根・大賀郷の坂下を中心に、樫立・中之郷・末吉の坂上と永郷地区に分けられる。
私はまず、三根から末吉地区へ向かうため、「天に昇る龍」のような急坂とカーブが続くといわれる登龍峠を走る。
そこは薄暗い山道で霧が立ち込めていたが、良く整備された路面は走りやすい。車とはほとんどすれ違わず、ワインディングが楽しめる峠だ。 しかし私の気分は一向に晴れない。雨もやまないし、船酔いもおさまらない。そういえば港を出てから人を見ていない。普段なら誰もいない道を一人走るのが好きなはずなのに、無性に心細くなってくる。こんなに寂しくなるのは、ここが太平洋にポツンと浮かぶ孤島だからだろうか。
私はそのまま立ち止まらず、末吉・中之郷・樫立地区を何も見ぬまま走り抜けて、すぐに島を半周してしまった。このペースでは島を何十周もしてしまう。いつもと同じ耐久レースのような旅をしに来たのではないのに、私はいったい何をしているのだろう。
大賀郷地区まで来ると、とにかくバイクを止めて歴史民俗資料館に入った。旧八丈支庁を利用した館内には 、八丈の伝統的な生活を物語る農耕・生活用具が展示されている。奥へ進むと紙芝居のような絵で見る八丈流刑史があり、流人を罪人扱いせずに受け入れてきた八丈島の懐の深い歴史を知ることができる。
八丈島には1606年に豊臣秀吉の五大老のひとり、宇喜多秀家が流され、その後1874年までの間におよそ1800人が流されているという。流人といっても寛保の頃までは政治犯の類が多く、高い教養を身につけた身分の高い人が多かった。彼らは「当人勝手次第に渡世すべきこと」を原則として、比較的自由に暮らし、島民と親しく交際したというのだから興味深い。はるか昔に思いを馳せ、この土地で起きたあらゆる物語に想像力を膨らませる。ひとり旅では思いを口にする必要がない分、自分の中で飽きるほど考えられるのが心地よい。
3 今いる場所と向き合うこと
資料館から出ると雨はやみ、気分もだいぶ良くなってきた。時間は午後1時をまわっている。
ここでいつものひとり旅なら、コンビニやファーストフードで食事を済ませて早々と走り出してしまう。でも今回の旅は違う。 私は旅を変えるためにわざわざ島まで来たのである。時間はたっぷりあるし、コンビニも見当たらない。
私は「みつ橋」というお寿司屋さんのカウンターに座り、島寿司を注文した。島寿司とは、遠い昔長い船旅用のお弁当として作られたお寿司で、メダイやアオダイなど白身の魚を秘伝の醤油だれにつけておき、甘いシャリの上にのせ、わさびではなく、カラシで頂くのだという。この島寿司というものは本当においしい。それにお店の方が島の話をうれしそうに話してくれることが気持ちよかった。そういえば旅先で人と会話すること自体久しぶりだったことに気づき、あらゆる文化や旅人、流人までをも受け入れてきた八丈島の土地柄を思った。
「みつ橋」を出た後は、黒い岩場の南原千畳岩海岸を眺めながら八丈富士へと走る。その道中、今更ながら八丈島にはありのままの自然が溢れていることに気づく。路肩にはハイビスカスが咲き、アロエが一面に生え、南国らしい植物がいたるところにある。
前方には八丈小島が美しく、右には山頂から裾野への優美な広がりを見せる八丈富士が見える。どこを見ても景色が素晴らしく良いし、風は温かくて心地よい。先ほどまでの不安は南の島に来ているという高揚感に変わっていた。

標高854メートルの八丈富士を海岸線沿いで一周した後は、7合目付近に整備された鉢巻道路を走る。車とはほとんどすれ違わず、美しいなだらかな丘陵に牛が放牧されるのどかな光景を独り占めできる。
そしてこの鉢巻道路沿いにある「ふれあい牧場」からは島の中心部が一望でき、ひょうたん型の島が視界におさまりそうである。この島の 大きさが、今の私にはちょうど良い。そんなに遠くまで行けないことが安心感を与えてくれ、自分の中で完結する物語は居心地が良いものだ。
穏やかな気持ちのなか、日が暮れる前に宿に向かう。暗くなってもせっせと走り続けるようなことはしない。
そして宿ではいつものように、母親と連絡をとる。小さい頃からどこにでも一人で行きたがる私を、心配しながらも理解しようと努め、温かく見守ってくれる母である。
「今日も楽しかったよ、危ないことなかったよ。」
4 私の欲しかったもの
9月26日 朝から快晴、今日は観光地図を一枚だけ持ってきたがほとんど広げず、気の向くままに走っていく。 八丈富士周辺を走り、八丈ビジターセンターで緑の中を散策し、ふるさと村に立ち寄って八丈島伝統の建築物を見る。島の南側にある小さな漁港、藍ヶ港はその名の通り藍を流したような青い海が素晴らしくきれいで、思わずオートバイを止める。
昨日は一瞬で通り過ぎた土地に、素晴らしいものがたくさんあるのだ。
今日の私は、オートバイを止めて寄り道していても急ぐことがない。横道にそれてどこへ行くのか分からなくても、それを無駄な時間だと感じない。すべてを旅の一場面として楽しめる。私はこんなツーリングがしたかった。
樫立地区に来ると、乙千代ヶ浜に向かう坂道の途中、 八丈節の文句が彫られた石碑を見つけた。
「沖でみたときゃ 鬼島と見たが 来てみりゃ八丈は 情け島」
まったく同感である。
この島には派手なものは何もない。生活に疲れ、娯楽を求めすぎる現代の人には、何もない島に映るかもしれない。でも大切にされてきた自然、温かい人たち、そしてあらゆるものを受け入れてきた寛容な風土がある。私の欲しいものは今、ここにあるのだと思う。
その後「みはらしの湯」で眼下に太平洋を見下ろす露天風呂を満喫したあとは、太平洋に沈む夕日を見るため大 阪トンネルへと向かう。そこで見た、八丈小島のすぐ左に沈む夕日は、ただただ美しくて、私は純粋に感動し日没まで佇んでいた。
日常の生活では夕日をゆっくり眺める時間すらないほど、あわただしく毎日が過ぎる。5年前、そんな東京での息苦しさから抜け出したくて、私はオートバイに乗り始めたはずだった。それなのに旅を日常の延長にして、目標に向け忙しく走ってきてしまった。私はここにきて今までにないのどかな気持ちで景色を眺め、急ぐことなく自分のペースで物事を考える時間をもった。それは日常とは違う、そして今まで経験してきた旅とも違う特別な時間の流れだった。
5 そして新しい旅へ
9月27日朝 満ち足りた気持ちで帰りのフェリーに乗り込む。心穏やかで楽しい旅の終わりに、私は改めて思う。オートバイは喧嘩の道具でもないし、やみくもにスピードを出してストレスを発散するための道具でもないのだと。 東京では些細なことで車に腹立たしさを感じることもあるし、オートバイ同士が競争心をあらわにしているのを日常的に感じるが、この3日間はそんな光景とは無縁の快適な道のりであった。私は景色を眺めながらのんびり走り、時々車がミラーにうつると端によって先を譲った。こんなにゆっくりと走ることはあまりにも久しぶりなので、私の知っているオートバイではないようであった。
そしてこの旅で、目標に早く到達することが必ずしも良いことなのではないことを知った。旅も人生も急ぐことなく、時には立ち止まって周りの景色を眺める時間を忘れてはならないのである。
「八丈島に来てよかった。」素直にそう思うが、それでは私は旅を変えることができたのか、というと、たぶんそうではないと思う。自分の求めているものの一部分を、旅の一つの形を見たにすぎないのだろう。けれど、頑なに自分だけの旅をしてきた私に見えなくなったもの、心が外へと開かれていないことからくる欠落、そういったものが今少し分かるような気がしている。
やはり八丈島に来てよかった。八丈島に来て、純粋に旅を楽しむことができたのだ。
私は変化を怖れないで、これからもオートバイでの旅を続けていこう。その中で少しずつ自分の望む旅を実現していくのだ。
自分の今いる場所を見つめた先には、きっと今まで見えなかった景色と出会える。 新たな期待を胸に、私は八丈島をあとにした。
(2007年11月 筆 )
HOMEへ>バイクにまつわるエッセイ集>ページトップへ
エッセイ集
→エッセイ冒頭へ
→1オートバイと一人旅
→2自分自身でありたい
→3見えないものにしばられたくない
→4日本一周という目標
→5乗り始めた理由
→6乗らない日々の罪悪感
→7八丈島へ
女性ライダーバイクエッセイ集
当サイトに記載された文章・画像等を転載することを固く禁じます
Copyright(C)2007 matsumoto shiri All rights reserved
|